
case 事例紹介
さいたまヨーロッパ野菜研究会

この事例はコンサルティングというよりも、フクダが実際に事務局、つまり「中の人」として活動してきた記録です。フクダの仕事のバックグラウンドになっているので、詳しくお話しします。
さいたまの農業に関わったきっかけ
2012年、フクダはさいたま市の外郭団体で、東日本大震災の風評被害を受けた東北の産地と、さいたま市の飲食店を結びつける仕事をしていました。ある程度の成果が出てくると、上司から「さいたま市内の農産物流通についても何かできないか?」と打診がありました。当時は、埼玉産の農産物にも風評被害による買い控えの影響が残っていました。
元々、埼玉県は地産地消が盛んなエリアで、さいたま市内にも多くの農産物直売所があります。フクダは食べ歩きが趣味なので、地産地消に熱心そうな飲食店を数十軒まわってみました。ところが・・・
- 使っている地元産品はお米など一部の食材だけ
- 行ってみたら「今日はありません。季節限定です」と言われる
- 「地元産品のメニューは予約制です」と言われる
こんなお店がほとんどで、飲食店の地産地消はかなり限定的だということが分かりました。
飲食店の方々にお話を伺うと、それでも地元産品を使いたい、という意向はあるようです。埼玉は海なし県で、畜産品も全国的なブランド肉がありません。地域の食、とくに外食の魅力度は、地域ブランドイメージの強さに直結します。どうにかして、外食産業と地元農産物を繋げられないか、と考えました。
売りたいものと欲しいものが違う
そこで市の農業系部署の方に相談して、レストラン向けの直売所見学会を企画しました。生産者10名ほどの小さな直売グループにお願いして、畑を案内したあとに直売所で試食会を開きました。そこで分かったのは「農家が売りたいものと飲食店が欲しいものは違う」ということでした。
農家がレストランに売りたかったのは、米や芋、地域特産の小松菜など、安定出荷ができる定番商品でした。しかし、レストラン側が興味を示したのは、糖度の高い三角形のピーマンや、生産者が気まぐれで作った白いキュウリなど、「ちょっと変わった野菜」でした。
安定供給がしやすい米や一般的な野菜はスーパーでも手に入るので、「地元産の◯◯です」と言っても、お客さんにあまりインパクトはありません。よほど美味しいとか、もしくは安くないと、レストランにとっては地元産品や特定の農家の野菜を取り扱うメリットはありません。ちょっと珍しい品種の野菜、カラフルな野菜は、見た目にも楽しいですし、お客様との会話のきっかけになるので、付加価値をつけやすいのです。
こういった野菜は生産量が少なく安定出荷ができないため「◯月◯日に◯個欲しい」というオーダーに応じられません。「直売所に来て、あるものを買ってよ」となります。
流通の問題にぶち当たる
確かに個人経営の小規模なレストランでは、朝、直売所に出向いて野菜を仕入れるところもあります。
でも、多くのレストランでは、忙しい料理人が車でわざわざ直売所まで仕入れに行くのは現実的ではありません。売り切れで欲しいものが揃わない可能性もあります。「直売所や農家が、欲しいものを店まで届けてくれるなら買いたい」というお店がほとんどです。
品目の問題と流通の問題、解決は難しいけれどレストラン側は買いたがっています。ニーズがあるなら、何か手を打てるんじゃないか、と思い始めました。このあと、直売所の方々とレストラン取引について打診したのですが、高齢の生産者が多かったこともあり、良い返事はいただけませんでした。そこで、次の手を模索し始めました。
イタリア野菜を作ってもらえないか
東北とさいたまの産地交流を通して、飛び抜けて熱心に生産者と接する飲食店オーナーとシェフがいました。当時、さいたま市内で3店舗のイタリアンレストランを経営していた、ノースコーポレーションの北社長と、総料理長の新妻(にいづま)シェフでした。
東北のプロジェクトを始めるにあたり、さいたま市内で飲食店のキーマンにあたる人は誰ですか? とあちこちに聞いて回りました。すると複数の人から「北社長」の名前があがったのです。北社長は地元の飲食店が加盟する「浦和飲食コミュニティ」や、埼玉県内のシェフが地産地消に取り組む「シェフクラブSAITAMA」などを束ねており、地域内外のネットワークが非常に広い方という評判でした。
初対面で、レストランと産地を繋げるプロジェクトに協力して欲しいとお願いしたところ、是非やりたいと即座に快諾してくださいました。地産地消についてさらに詳しくお話を伺うと、「実は地元産のイタリア野菜が欲しいのに、生産者に作ってもらえない」という意外な話が出てきました。
チーマ・ディ・ラーパが手に入らない
さいたま市にはトキタ種苗という、野菜を品種改良して種や苗を販売する種苗(しゅびょう)会社があります。このトキタ種苗が2009年ごろ、チーマ・ディ・ラーパの日本向け新品種をはじめ、イタリア野菜のタネ「グストイタリアシリーズ」を発売した、というニュースが新聞に載りました。
チーマ・ディ・ラーパは西洋ナバナとも呼ばれ、冬場から春にかけて南イタリアで非常によく使われる野菜です。日本ではほとんど栽培されていないため、イタリアンレストランは代用品として菜の花を使いますが、菜の花とチーマ・ディ・ラーパでは、香りも味もずいぶん違います。傷みやすいので輸入品は水煮しかありませんでした。
仕事で何度もイタリアを訪れていた北社長は、日本でチーマ・ディ・ラーパが手に入るのか! ぜひお店で使いたい!と大喜びしたそうです。
イタリア野菜が欲しいのに、栽培してもらえない
ニュースを目にした北社長は、トキタ種苗が地元の会社だと知り、すぐに「地元でイタリア野菜が買える農家を紹介して欲しい」と問い合わせました。ところが、トキタ種苗の社長とお会いして話したところ、まだ埼玉では栽培してくれる農家がいない。むしろ紹介して欲しいと言われました。
これまで野菜を購入していた地元ベテラン農家にイタリア野菜の栽培をお願いしたものの、「栽培しても全部売れる見込みがない」と断られ、そのまま数年が経ってしまったそうです。
新妻シェフからも、今どうしても欲しいイタリア野菜は輸入品を買っているけれど、鮮度が低いし価格も非常に高い、という話がありました。バジルやイタリアンパセリなどのハーブも、日々大量に使うので、少量しか入っていないパックをこんなに沢山開けるんです。とプラスチックパックの山を見せてくれました。興味を持ったフクダは、他のレストランの需要はどうだろう?と調べてみました。
都内・埼玉のシェフたちも欲しがっている
食べログで「東京都 イタリアン」と検索すると、約7000軒がヒットします。埼玉県は約1300軒。東京の大きなマーケットは魅力的です。フクダは有名イタリアン・フレンチなどを自腹で食べ歩き、シェフたちに話を伺いました。
まず、イタリアで修行したシェフを多く抱える、人気イタリアン「サローネ」グループの樋口シェフに相談してみました。サローネグループでは主に「エコファーム・アサノ」のイタリア野菜を使っていました。エコファーム・アサノの浅野さんは、都内のトップシェフがこぞって利用するレジェンド農家として知られていました。樋口シェフは、もちろん浅野さんの野菜はとびきり美味しい。でも全部「浅野さんの野菜の味」だ。それとは別に、普通のイタリア野菜が、普通にたくさん手に入るようになれば、イタリアンのシェフは必ず買ってくれる。とアドバイスしてくれました。
他の都内有名店シェフたちも、新鮮なイタリア野菜の入手には苦労しているようでした。東京から近い埼玉でイタリア野菜を作ってくれるなら、ぜひ使ってみたいと言ってくれました。
続いて地元・埼玉のイタリアン・フレンチレストランに、イタリア野菜の需要についてアンケートを取りました。おおむね、「欲しい」「使ってみたい」という評価で、こちらも可能性はありそうです。
需要をカバーできる産地がない
イタリア野菜の産地・生産者についても調べてみました。
当時イタリア野菜産地として先に取り組みを始めていたのは、山形県河北町の「かほくイタリア野菜研究会」でした。この取り組みを始めた河北町商工会のAさんは業界の有名人で、さまざまな地域活性プロジェクトを成功させている方でした。当時、河北町にはイタリアンレストランが1軒もなかったため、都内のレストラン向けにイタリア野菜の通販をしていました。
関東エリアでは、鎌倉野菜が有名でした。鎌倉野菜はもともと地元の市場が農家に頼んで、鎌倉エリアに住む富裕層向けに西洋野菜を作らせたのが始まりだそうです。鎌倉駅前に通称「レンバイ」と呼ばれる直売所があり、日替わりで地元農家がカラフルな西洋野菜・ハーブなどを直売していました。それ以外では、エコファーム・アサノさんをはじめとする個人農家が、少量多品種でイタリア野菜を栽培し、レストラン向けに販売していました。
色々調べてみましたが、当時は全国のレストラン需要をカバーしきれるような、大きな産地ネットワークはないようでした。挑戦してみる余地はある、と感じました。
初めて目にする野菜
北さんからトキタ種苗のイタリア野菜「グストイタリア」のことを教えていただき、イタリア野菜について調べ始めました。
トキタ種苗の「グストイタリア」というイタリア野菜のタネは10種類ほど発売されていました。チーマ・ディ・ラーパのほかにも、ルッコラの野生種と呼ばれる「ルッコラ・セルバーティカ」、渦巻き模様が楽しいビーツ「ゴルゴ」、スティック状のフェンネル「スティッキオ」など。どれも初めて見る野菜ばかりでワクワクしてきました。
トキタ種苗にコンタクトをとって、時田社長とイタリア野菜を担当するFさんに、イタリア野菜を始めた経緯や、栽培のことについて教えていただきました。
日本の品種改良技術は世界トップクラス
トキタ種苗は創業100年を超える種苗(しゅびょう)会社です。1984年、日本で初めてミニトマトのタネを発売した会社としても知られています。日本の種苗会社の品種改良技術は非常に高く、チューリップで有名なオランダと並んで世界トップ2と言われています。
野菜の品種改良というと、遺伝子組換えとかバイオテクノロジーといったものを想像するかもしれませんが、実際は「超」地道な作業です。
日本はアブラナ科の野菜が人気です。キャベツ、白菜、小松菜、ブロッコリー、大根、わさび。みんなアブラナ科です。アブラナ科の野菜はみんな、菜の花のような小さな花が咲きます。この花が咲く直前に、花びらをピンセットではがして雄しべを取り除き、雌しべに花粉をつけて交配させる…
この作業を何千回、何万回と繰り返して、何代にも渡って良い品種をより分けていく。こんな気の遠くなる作業を正確に続けられるのは日本人だけ、なんだそうです。
日本では育たなかったイタリア野菜
トキタ種苗は世界中に野菜のタネを販売していて、イタリアにも支社があります。イタリアではミニトマトなどのタネを販売していますが、あるとき現地のスタッフが「日本ではイタリア野菜を作らないのか?」と言い始めました。調べてみると、イタリア人の1日あたり野菜摂取量は460ḡ。日本人が290ḡですから約1.5倍です。
さらにイタリアは州ごとに代々受け継がれてきた伝統野菜があり、市場に並ぶ野菜の種類も桁違いに多いのです。これは面白いといくつかのイタリア野菜のタネを輸入し、日本の研究農場で育ててみました。ところが、輸入してきた野菜のタネは、ことごとく育ちませんでした。
日本で育つイタリア野菜を作れ
イタリアと日本では気候が大きく違います。例えばイタリア南部では夏の降水量はわずかで、冬に雨が多く降ります。だから、梅雨や台風、ゲリラ豪雨などで夏場の雨量が多い日本では、土の中の水分が多く、野菜の根が腐ってしまうのです。雨が多いと病気や害虫も増えやすくなります。
さらに、イタリアでは野菜を買うとき、量り売りが主流なので野菜のサイズにはあまりこだわりません。だから、同じ時期に植えても大きなもの、小さなものとサイズがバラバラにできあがります。一方、日本は野菜の規格に世界一厳しいと言われていて、1個1個のサイズや成長速度を揃えることが求められます。
イタリアの味はそのままに、「日本でも育てやすい・揃いやすい」品種改良をほどこして発売されたグストイタリアですが、当時はなかなか普及していませんでした。
「レストラン向け地産地消」の理由
北さんから「イタリア野菜を作って欲しい」という意外なニーズを受け、イタリア野菜のタネを発売するトキタ種苗にもお話を伺った結果、フクダは「イタリア野菜のレストラン向け地産地消」にチャンスがあるのではないか、という仮説を立てました。
なぜ、フクダがレストラン向け地産地消にこだわったかというと、さいたま市ならではの事情があります。さいたま市は大宮駅・浦和駅周辺といった商業エリア、ベッドタウンとしての住宅エリア、そして岩槻区を中心とする農業エリアと、1つの市の中にさまざまな「顔」があります。ホテルや結婚式場、レストランが集積する駅前エリアから車で15分も走れば、のどかな田園風景が広がる、地産地消にはもってこいの立地なのです。
市場規模を試算する
シェフ達と話していて、直感的にはイタリア野菜の大きなニーズを感じていました。とはいえ、公的機関としてのお仕事ですから、直感だけで動くわけにはいきません。裏付けとなるデータとしてまず、外食産業の市場規模を調べました。
当時、さいたま市内の飲食・宿泊業の市場規模は約2,000億円でした。ホテルも食事を提供するので、飲食にかかわる売上が年間1500億円とすると、飲食店の平均食材原価は3割程度ですから、年間450億円の食材を購入していることになります。仮にさいたま市内の全ての飲食店が、食材原価のうち10%だけ地元産食材を使用してくれれば45億円。当時、さいたま市全体の野菜出荷額が50億円ぐらいでしたから、十分なインパクトがあると考えました。
次に、飲食店の数。食べログでさいたま市内の洋食・西洋料理店を検索すると約600軒、県内では2800軒あります。チェーン店比率が多いものの、個人店やローカルチェーンであれば使ってもらえる可能性が高いでしょう。また、交通アクセスの良い大宮駅周辺は結婚式場が20か所以上もあります。客単価の高い結婚式場やホテルはユーザーとなる可能性が高いです。
さいたま市民はイタリア料理好き?
さらに、こんなデータもありました。総務省の家計調査によると、さいたま市民は「ワイン」「チーズ」「パスタ」の消費量が全国トップクラス。これは、当時のさいたま市民の平均年齢が42才と若いことや、共働き世帯率が高いことも関わっているようです。データからも、さいたま市でイタリア野菜・西洋野菜を栽培し、地産地消を目指すチャンスがあると確信しました。
イタリア野菜の研修会を開く
2013年1月、これまでのヒアリング内容や市場データをまとめて、北さん、トキタ種苗さん、市の農業系部署に掛け合い、「市内農家向けイタリア野菜研修会」を開くことになりました。急な話で予算もあまりなかったのですが、パレスホテル大宮の総料理長がプロジェクトに賛同して、快く格安で会場を提供してくださいました。
市内の農業団体などに呼びかけた結果、40名ほどの生産者が集まりました。トキタ種苗さんからはイタリア野菜の説明と将来性について、北さんからは、レストランがイタリア野菜を欲しがっている現状について話をしていただき、さらに会場にはイタリア野菜を使った料理を用意して、新妻シェフに「この野菜はこんな料理に使っている」といった話をしていただきました。生産者の方々は熱心に話を聞いて、特にイタリア野菜の価格が高い(1キロ3000円以上のものも)ことについて驚いていました。
会場内は盛り上がった、反応も良かった。しかし…
トキタ種苗さんからは生産者一人一人にグストイタリアのタネのサンプルを無料配布し、「春にタネをまいたら教えて下さい」とお伝えしました。アンケートでも「イタリア野菜に興味を持った、作ってみたい」という回答が多く、手応えを感じました。
しかし、タネを蒔いて野菜が育っているはずの4月になっても5月になっても、参加した生産者からは誰一人「イタリア野菜を育ててみた」という連絡が来ませんでした。
見切り発車の「ヨロ研」設立
2013年4月、まだ生産者は決まっていませんでしたが、北さんが経営するレストラン「ノースコーポレーション」とトキタ種苗、事務局としてフクダの職場「さいたま市産業創造財団」で任意団体の「さいたまヨーロッパ野菜研究会」を結成することになりました。
「イタリア野菜研究会」ではなく「ヨーロッパ野菜研究会」にしたのは、イタリアでもフランスでも同じ野菜を使っていることが多く、「ヨーロッパ野菜」と呼んだほうが、より多くのレストランに使ってもらえるとの判断からでした。
これまでの農業支援で得た教訓から、フクダが組織の外から関わっても前に進まないだろうと判断し、事務局として組織の中から関わる覚悟を決めました。まだ生産者は決まっていませんでしたが、そのうち連絡が来るだろうと楽観視していました。
ところが、いつまでたっても生産者からの連絡が1件もない。焦り始めます。何人か、知り合いのベテラン生産者に相談しましたが、いやー、興味はあるけど難しいよね…と断られ続けました。
燕三条イタリア野菜研究会で衝撃を受ける
2013年4月 北さんが偶然、NHKのニュースで「燕三条イタリア野菜研究会」のことを知ります。どうやら新潟の燕三条でイタリア野菜を栽培しているらしい。視察できませんか? と相談されました。幸い、フクダの職場につながりのある職員がいたので、翌週には北さんと燕三条を訪れました。
出迎えてくれたのは、20代、30代の若い生産者ばかり。米どころの燕三条エリアでは、田植えの後で苗床用に使っていたビニルハウスが空くので、そこを活用して若い生産者たちがサークル的にイタリア野菜の栽培を始めたそうです。
メンバーの方々とお酒を飲んだところ「『イタリア野菜を作るとモテるよ!』と言ったら、みんな集まったんですよ。」と、めっちゃ軽いノリ。他のメンバーも楽しそうで、北さんと「そうか、このノリでいいんだ!」と目から鱗が落ちた思いでした。
それまでは、50代、60代のベテラン生産者に声を掛けては断られ続けてきました。彼らは既に自分たちのビジネスモデルが確立していますから、あえて不確定要素の多いイタリア野菜に手を出す理由がなかったのです。また、最初からビジネスとしての農業ばかり考えていて、「イタリア野菜に挑戦する楽しさ」の部分を完全に見落としていました。
今までアプローチしてきたベテラン農家ではなく、その息子世代に、最初はサークル的なノリで声を掛けたほうが良さそう。「儲かる」は大切だけど「楽しさ」はもっと大切。
「楽しさ」は、その後ヨロ研を続けていく上で、きわめて重要なキーワードになりました。
岩槻区の若手生産者と繋がる
相変わらず生産者からの連絡はありませんでしたが、トキタ種苗さんが地元の種苗小売店を通じて「岩槻の4Hクラブがイタリア野菜を作っているらしい」との情報を掴み、彼らに会えることになりました。
4Hクラブというのは若手農家の団体で、商工業の世界だと青年会議所みたいなイメージでしょうか。さいたま市岩槻区は市内で最も農業が盛んなエリアで、若い生産者が多く在籍していました。
2013年5月、集まった十数名の若手生産者の前で、北さんとトキタ種苗のFさんが、あらためて熱くヨーロッパ野菜の可能性について語りました。最初は試験栽培程度からで構わない。できた野菜の販路は考えるから、まずは作ってみないか、と話しました。生産者たちから詳しく話を聞くと、1月の説明会では興味を持っていて、何種類か植えてみたのだけど、うまく作れる自信がないので連絡しなかった。と教えてくれました。
いくつか試作している野菜があるというので、北さんが経営するイタリア料理店に野菜を持ち込んで、初のヨロ研定例会と食事会を開きました。最初は「イタリア料理店なんて、着ていく服がない」と尻込みしていた生産者たちも、持ち込んだ花ズッキーニやバジルなどが料理として出されると、興味津々でワイワイ言いながら食べはじめます。よし、「楽しさ」が出てきた!
この年、最終的に十数名の若手生産者が「まずは試験栽培から」とヨロ研の活動に加わることになりました。
流通の方法を変える
栽培の目途はついたので、次は流通です。トキタ種苗さんよると、今までのイタリア野菜流通は、失敗のパターンが2つあったそうです。
1つ目は、1品目を大量に作って市場に出したものの、珍しい野菜なので買い手がつかずに安値になってしまい、利益が出ないからと栽培をやめてしまうパターン。
2つ目は、少量多品種でレストランなどに直接販売をはじめたものの、細かい注文や発送・配達に手間がかかりすぎて対応しきれないとやめてしまうパターン。
そこでヨロ研では、レストランと取引のある地元の業務用青果卸と契約を結び、細かい注文や配送は業務用青果卸にお任せする方法を選びました。これで、ようやく流通のめどが立ちました。
待望の初出荷、しかし…
2013年夏から、10名ほどの生産者がヨーロッパ野菜の栽培を始めました。最初は分からないことだらけです。トキタ種苗のFさんや、品種改良を手掛けるブリーダーの方々が毎週のように畑に来て指導してくれました。収穫が近づくと、新妻シェフが畑に来て、レストランで使いやすい収穫サイズなどを教えてくれました。
そして10月、待望の初収穫です。十数名の生産者メンバーのうち、1年目に出荷できたのは4人。
量は少ないですが、10種類以上のヨーロッパ野菜を初出荷という話題性から、NHKのニュース生中継を始め、多くのメディアに取り上げられました。1年目ですから満足な質とは言えませんでしたが、これでヨーロッパ野菜をレストランに届けられる。とワクワクしていました。
ところが、収穫時期を迎えているのに、売り先である卸のバイヤーさんから、野菜の注文がほとんどきません。何度も卸のバイヤーさんに確認しましたが、毎週来る注文はわずか。収穫期を過ぎた野菜はどんどんダメになっていきます。
ここでフクダは、3つの大きな失敗に気が付きました。
野菜だけでは配達コストが合わない
- 提携する卸売会社の業態を間違えていた
1年目、メインで流通をお願いしたのは、業務用の青果卸さんでした。彼らが運ぶのは、当然ながら野菜だけです。ヨーロッパ野菜を買いたい、と問い合わせてきたレストランがいても、一ヶ月にかなりの額の野菜を買ってもらえないと、配達のコストが合わないのです。結果として欲しいレストランに野菜を届けられませんでした。
- ニーズとウォンツは違う
フクダは、ニーズのある野菜を作れば売れる、と勘違いしていました。しかし、ニーズはウォンツにならないと売れません。
レストランの「本格的なイタリア料理が作りたい、イタリア野菜が欲しい」というニーズを、「直径5㎝(規格)の渦巻きビーツ(品目)を、20個(購入単位)月曜と水曜(配達日)に届けて欲しい」というウォンツに変えるには、レストランから「どんなものを、どんな形でどうやって届けてほしいのか」を細かく聞き出して形にする必要があったのです。
中小企業診断士はマーケティングのプロでもあるのに、現場では全く使いこなせていなかったと反省しました。
- 役割分担が曖昧だった
メンバーの役割分担が曖昧だったため、最初はそれぞれ、こう思っていました
生産者:頼まれた野菜を作れば、全部売れるだろう
卸:注文書を作ればレストランから注文が来て、たくさん売れるだろう
レストラン:いろんな野菜をタイミングよく案内してくれるんだろう
ところが実際は
生産者:卸からぜんぜん注文が来ないけど、どうなってるの?
卸:注文書を作ったけど、レストランから全然注文が来ない
レストラン:注文書だけ貰っても、どう使ったらいいかわからない
ヨーロッパ野菜は決して、流通ルートと注文書を作れば勝手にじゃんじゃんレストランから注文が来るような商品ではありません。誰が「◯◯の出荷が始まりました。こういう調理法がおすすめです。こんな規格でいくらです。◯月中旬まで出荷できます。◯日前にFAXで注文してください」といったご案内をするのかが決まっていなかったのです。
これは、それぞれの役割をもっと細かく詰めきれなかったフクダの責任でした。
メンバー企業が買い支える
せっかく出来上がった野菜を少しでも売ろうと、地元のファーマーズマーケットに出店しました。生産者も一緒に販売してくれて、初めて直接お客さんに接した生産者も多く刺激になったようです。また、会長の北さんはシェフ達に「ヨロ研生産者の野菜はできる限り買い取れ」と指示を出して買い支えてくれました。トキタ種苗も展示会やイベント用に野菜を買ってくれました。
1年目は売上も低く苦難の連続でしたが、生産者が思いのほかヨーロッパ野菜の栽培を楽しんで協力してくれたこと、シェフたちが新鮮なヨーロッパ野菜を喜んで使ってくれたことが、失敗続きで内心凹みまくっていたフクダにとって、大きな心の支えになっていました。
レストランを巡る2つのトラック
栽培2年目、野菜の流通に大きな転機が訪れます。
1年目に流通をお願いしていた業務用青果卸が脱退してしまい、また1から流通の協力メンバーを探すことになりました。
会長の北さんは、「埼玉のレストランに毎日配達しているトラックはどこだろう?」と考えました。
1つ目は、酒屋さんのトラック
2つ目は、業務用食材卸の県内最大手である関東食糧さんのトラック
酒屋さんのトラックは幌がけなので野菜の保冷ができませんが、関東食糧のトラックはアルミバンなので保冷ができるはず。
早速、北さんが関東食糧の臼田社長にコンタクトを取ったところ、その場で快諾してくださり、ヨロ研の新たな流通メンバーとして加わってくれることになりました。
関東食糧は飲食店向けに冷凍食品や調味料、乾物などを販売する企業で、県内に9000軒以上の取引先を持ち、毎日県内全域に配送トラックを走らせていました。当時、野菜の取り扱いはほとんどありませんでしたが、他の食材と混載でヨーロッパ野菜を届けることができれば、配送のハードルもぐんと下がります。
関東食糧も、レストランにとって魅力的な提案ができる商品を探していたところだったので、WIN-WINの関係になれると期待しました。ところが、こちらもそう簡単には進まなかったのでした。
野菜販売の難しさ
2014年、ヨロ研の活動2年目。
県内の業務用食品卸でシェアNo.1の関東食糧が、ヨロ研の流通メンバーに加入してくれました。これでやっと野菜をレストランに届けられる…と安心したのもつかの間、今度は新たな問題が。
関東食糧はもともと冷凍食品や乾物、調味料などを扱う会社で、野菜の取り扱いに慣れていませんでした。ましてや、大多数の人は聞いたこともないような野菜ばかりです。取引の飲食店が多いとはいえ、その中で本格的なイタリア・フランス料理店の比率は少なく、営業担当の方が販売に苦戦していました。
生産者のSNS投稿がきっかけで
ヨロ研は予算を持たない任意団体で、広告費なども使えません。フクダは無料でPRするためにFacebookなどのSNSを活用し、生産者にも情報発信してもらっていました。ある時、関東食糧の臼田社長がFacebookで、生産者メンバーのこんな投稿を見かけたそうです。
「せっかく収穫期を迎えた野菜が売れずに畑で傷んでいく。生産者として悲しい」
この言葉に大きなショックを受けた臼田社長は、「ヨロ研の野菜は全部買い取れ。注文が来ない分は営業担当が引き売り(商品を持ってお店に販売すること)して、それでも売れない分はサンプルで配れ」と全社に指示を出しました。
生産者と卸がタッグ
関東食糧の「本気」は生産者にも伝わります。まず、レストラン向けの畑見学会を開催しました。関東食糧とお取引のあるレストランのシェフやサービスマンを畑にお招きして、自分たちの野菜について生産者が直接説明しました。これで、レストランのファンが増えました。
さらに、関東食糧の方々にもヨーロッパ野菜を「推して」もらいたい。そのためには、ヨーロッパ野菜の名前や食べ方を知ってもらうのが一番です。2015年には生産者が関東食糧のテストキッチンで野菜を料理し、営業担当者やドライバーの方々に食べていただくイベントを催しました。生産者が自ら、「この野菜は◯◯という名前で、こうやって食べます。レストランにはこうご案内してください。」と伝えました。
また、県内には中華料理組合や蕎麦組合、寿司組合といった同業者組合がたくさんあります。そういった組合の勉強会に生産者が参加し、ヨーロッパ野菜の食べ方を案内しました。
中華料理組合では、油や肉、スパイスを使う料理とヨーロッパ野菜の相性が良いことがわかったり、寿司組合ではカラフルな野菜を野菜寿司として使ってもらえました。蕎麦組合では、ヨーロッパ野菜が天ぷらに向いていることがわかるなど、当初の「イタリアン・フレンチ向け」という想定を、良い意味で裏切る展開になりました。
結果、ヨロ研1年目で100万円だった出荷額は、2年目は1500万円、3年目は3000万円と鰻のぼりに。県内の取り扱い店舗数も2年目600店、3年目1000店と急激に伸びました。
一番売れた業態は、なんと居酒屋でした。当時、居酒屋のメニューでバーニャカウダが流行っていて、ヨロ研のカラフルで個性的な野菜が、ちょうどマッチしたのでした。
メンバーそれぞれの進化
ヨロ研2年目の2014年以降、トキタ種苗も「グストイタリア」で新しい品種をリリースしていきます。ヨロ研最大のヒット野菜「カリフローレ」は2014年のデビューでした。
生産者メンバーも入れ替わりはあったものの11名まで増えました。春・秋と年2回の作付ごとに、目に見えて野菜の出来がよくなっていきました。メンバーが11人いれば、その分栽培情報の進化も早くなるのだと知りました。
レストランでは、北さんのレストランが大宮の「ディアボラ」出店に続き、2015年春には伊勢丹浦和店に新店舗「アズーリクラシコ」を出店しました。地元レストランとしては伊勢丹浦和店初の出店で、地産地消レストランとしての実績が評価されたようです。
それぞれのメンバーが、ヨロ研と関わりながら「プロ集団」としての力を発揮していきました。
ヨロ研のブランドイメージをどうするか
2014年、栽培2年目を迎えて「商品につける、ヨロ研のブランドロゴを作ろう」という話が出はじめました。最初はデザイナーさんが、野菜をデフォルメした、ビタミンカラーの可愛いロゴ案を作ってくれました。しかし、生産者はみんな「俺たちのイメージと違う…」という顔をしています。
どうやら、メンバー間で「ヨロ研のブランド」に対する考え方が違っているなと思い、「ヨロ研のブランドイメージ」について話し合いをしました。
名人を目指さない
まず、品質・量・品目など、どのレベルを狙うのか。この世界、クオリティだけを極める「レジェンド農家」は沢山います。「名人」を目指すのはやめよう。しかし、品質が低いと低価格の他産地にすぐ抜かれてしまいます。
市場に出ている商品よりも高品質のものを、多品目で、安定して出荷していくことで、他産地との差別化を図ろうと決めました。
ターゲットは2つある
それから、ブランドのターゲット。誰に、ブランドとして認知してもらうか。
ターゲットは2つあります。1つ目は買い手のレストラン。そして、そのレストランを利用するお客様を具体的にイメージしました。
栽培が安定していなかった当時は、レストランのメインターゲットはこんなイメージでした。(実際、こんな感じのお店によく使っていただきました)
浦和・大宮エリアのフレンチ・イタリアンレストラン。メニューはオーナーシェフが1人で作っていて、席数は24席ぐらいまで。客単価7000円程度。日替わりのアラカルト黒板メニューとしてヨーロッパ野菜を使っていただく。
お客様のメインターゲットはこんなイメージ。マルシェなどに実際いらっしゃるお客様と会話しながらイメージを固めました。
浦和駅前のマンションに住む40代女性。世帯年収は800万円以上で共働き、子供は高校生。たまにママ友や家族と近所のイタリアンやフレンチで2000円前後のランチを楽しむ。料理の写真をSNSにアップするのが好き。
例えばお客様のターゲットが決まれば、「どこでイベントをやるべきか」「野菜を販売するときの量や価格帯」「PRするときの媒体(SNSなど)」が決まってきます。予算も人手もないので、できるだけターゲットを明確にすることで、ピンポイントでファンを掴むためのゲリラ戦を展開していきました。
ヨロ研のイメージ=生産者(と野菜とシェフ)のイメージ
はじめてヨロ研の生産者達にあったときの印象は「農家っぽくないな、オシャレだな」でした。
今まであまり農業に接したことがなかったので、20代、30代の若い生産者と接することもなかったのです。彼らのほとんどは一度、社会人として他業種を経験してから農業に就いたので、作業着を着ていないときは普通のオシャレな若者でした。このギャップは使える、と思いました。特に生産者グループがスーツを着てポーズをとる写真をアップすると、マスコミからかなりの反響がありました。
野菜だけだと他の産地が簡単に真似できてしまいますが、作り手である若い生産者や、協力してくれるシェフたちはヨロ研ならではのものですから、そういった合せ技でブランドイメージを作っていきました。
投票でロゴを決める
ブランドの方向性やイメージが固まってきたので、ロゴ作成に関しては生産者メンバーに任せることにしました。彼らから上がってきたロゴ案を見て、思わず唸りました。
黒字に白のシンプルなデザイン、野菜のイラストではなく、ナイフとフォークのイラスト。確かに野菜の上に野菜と同じ色やデザインのロゴシールを貼っても目立ちません。白と黒なら目立ちますし、ナイフとフォークで「レストラン向け」というメッセージも伝わる。何よりカッコよくてヨロ研のブランドイメージに合っている。完璧です。
メンバーの投票で3案に絞った後、最後は関東食糧さんの展示会でレストランの方々に投票していただき、めでたくロゴが決まりました。
みんなで悩んで決めたロゴということで、10年経った今もこのロゴはヨロ研メンバーをはじめ、ユーザーのレストランやお客様からも愛されています。2018年には商標としても登録されました。
「やらないこと」を決めれば、やるべきことが見えてくる
フクダが中小企業診断士の勉強をしていた頃、講師から口を酸っぱくして言われ続けていたことがあります。
「中小企業は経営資源が少なくて当たり前。沢山の制約がある中で、どうやって実現可能な突破口を見つけるか、考えるのが中小企業診断士」
資金は少ない、人も足りない、設備も乏しい、DXってなんのこと?
ないないづくしの中で、乏しいヒト・モノ・カネ・ノウハウをどうやって効率的に使っていくか。まずは、やらないことを決めて、やるべきことに使えるリソースを集中的に投入する。経営戦略の用語では「選択と集中」、ブランディングの世界では「フォーカス」などと呼びます。
ヨロ研が「やらない」と決めたこと
2014年以降、急激にヨーロッパ野菜の生産量と出荷量が増えていき、ブランドとしての方向性もみえてきました。こうなると、周囲から「あれもやろう、これもやろう」という提案が増えてきます。
現実問題として、事務局はフクダ一人だけ。しかも他のお仕事との兼務ですから、使える時間は限られます。予算も、テーマによっては市の補助金などを使えることがありますが、これもかなり限られます。「今やるべきでないこと」「ヨロ研らしくないこと」を、いろいろ書き出してみました。
- 一般ユーザーへの直販(手間と販促費用がかかりすぎる)
- 農家レストランなど、生産者の6次産業化(レストランと組んだほうがクオリティが高い)
- 安売り・アウトレット(高品質のイメージに合わない)
- B級グルメ(B級じゃない、A級だ!)
- ゆるキャラ(ヨロ研はゆるくない、キレッキレだ!)
- イベントではっぴを着る(ダサい!)
餅は餅屋
ヨロ研ではよく「餅は餅屋」という言葉を使っていました。生産者が慣れない流通や加工に手を出すより、プロの卸売業者やレストランと組んで、それぞれ「プロの仕事」をしたほうが、結果的にお客様に良いものを提供できる、という考え方です。
その後、コロナ禍で生産者が一般向け小売をスタートさせるなど、成長段階で少しずつビジネスモデルは変わってきていますが、基本はこの「餅は餅屋」という考え方を貫いています。
レストラン向けの販路開拓に集中する
やらないことを決めたので、何をすべきかが見えてきました。まずは、ユーザーであるレストランとの関係を深めることが最優先と考え、市内レストラン向けのスタンプラリーキャンペーンを展開しました。
当時、飲食店の方々はFacebookやInstagramを活用していることが多かったので、フクダは主にFacebookで文章中心の情報発信。美的センスが抜群の生産者メンバーIさんには、Instagramで美しい野菜の写真などを投稿してもらいました。また、市の補助金などを活用して、レストラン向けの展示会や商談会にも積極的に出るようになりました。
下手でも最初は自分でやると、誰かが助けてくれる
最初の頃、生産者はイベントや展示会、マルシェなどに出たがらないので、フクダが一人でイベントに出て野菜を並べたり、野菜の説明をしていました。パンフレットやPOPなども全部、フクダが作っていました。食べ方がわからないと言うので、自分で野菜を料理してクックパッドにアップしたり、レストランなどに出向いて調理実演をしたこともありました。
しょせん素人ですから、何をやってもクオリティは低いです。だんだん周囲が「見るに見かねて」手伝ってくれるようになりました。特に、ヨロ研にはお花屋さんで働いた経験のある生産者が2人いたため、展示会では毎回、多くの人が写真を撮るような美しいディスプレイを作ってくれました。
今ではディスプレイはもちろん、マルシェの運営や店頭のPOP、レシピ作り、SNS発信なども、生産者メンバーやシェフ、生産者法人のスタッフ(超優秀!)が全部やってくれるようになりました。
よくある「ダメな異業種連携」
ヨロ研にはこれまで、さまざまな業種・立場の方々が関わってきました。生産者・種苗会社・レストラン・卸売業・小売業・食品メーカー・大学etc…
全国各地にこのような「異業種連携をしましょう!」という団体や委員会はありますが、ビジネスとしてうまく機能しているところはわずかです。みなさんも、こういう謎の委員会や会合に呼ばれたことはないでしょうか?
- なぜ自分がメンバーなのか分からないが、呼ばれたから行く
- 会議の目的がよく分からないが、とりあえず頭数だけは多い
- 特に何の討議もなく事務局が話すだけで、「異議なし」で終わる
フクダはこういう、事務局が「やった感」を出したいだけの会合が大嫌い。時間の無駄だと思っているので、これとは逆張りの研究会運営を目指しました。
ヨロ研の運営ルール
ヨロ研は2ヶ月に1回定例会を開催していて、メンバーの紹介があれば誰でもゲスト参加できます。ヨロ研に興味を持って事務局にコンタクトしてくる方も多いので、まずは定例会がどんな雰囲気か参加してもらっています。他の地域の生産者グループが、自分たちの活動の参考にしたいと参加することもよくあります。
ルール①ビジネスとして関わる
ゲスト参加は誰でもできますが、メンバーになるには「ビジネスとしてヨーロッパ野菜に関わること」というルールがあります。「野菜が好きなので、何かお手伝いしたいです」という方もいらっしゃいますが、NGです。ビジネスとして収益を出すために、仕事として関わるという目的をはっきりさせないと、単なる趣味・ボランティアサークルになってしまうからです。
ルール②自主的に関わる
ヨロ研では会長や事務局からメンバーに「◯◯をやってください」とお願いすることはありません。それぞれのメンバーが「研究会に対してどのように関わっていくか」を考えて自主的に提案・実行していきます。料理コンテストなどのイベントも、プロジェクトメンバーになる企業が自主的に役割分担を決めていきます。定例会に複数回参加しても、何の発言も提案もない方は、自主的に関わる意思がないものとみなして、次からはお呼びしません。
ルール③決定権者が関わる
研究会メンバーには経営者、もしくは予算執行などの権限を持った方に参加していただいています。ヨロ研では意思決定のスピードを重要視しています。その場で決定権のあるメンバーが「やりましょう」と言うか、「持ち帰って社内で検討して回答します」になるかで、事業のスピードが全く違ってくるからです。
ルール④隠し事はしない、本音で話す
ヨロ研には生産者・卸・小売・レストランなど、バリューチェーンに関わるメンバーが多くいます。こういった取引関係がある場合、よくあるのが、それぞれのメンバーの卸価格や取引先を秘密にしたがること。「こんなに高く売っているのか」と言われたり、卸の取引先に「中抜き」で取引される恐れがあるからでしょう。ヨロ研では、加入時に価格や取引先といった情報をメンバーで共有することを約束していただいています。情報を共有することでWin-Winの信頼関係を築くようにしています。
また、直接利害が絡むからこそ、建前ではなく本音の話し合いが必要です。
ヨロ研ではよく、「定例会の後の懇親会が本番」と言われています。定例会の後は美味しい料理やお酒を楽しみながら、上下関係なく本音の話を楽しくすることが、実はすごく重要です。
メディアに出まくる
ヨロ研は発足当初から、かなり頻繁にTVなどのメディア取材を受けていました。フクダはもと出版業界でメディアの影響力をよく知っていました。広告予算もないので、メディアのパブリシティに頼るしかない。ひとり事務局として、あらゆる方法でメディアを活用しました。メディア戦略としては、主に3つのフェーズで見せ方を変えていきました。
第1段階 身内と地元を味方につけるためのメディア露出
活動を始めて1~2年目は、まず身内や地元を味方につける必要があります。農家の後継ぎが新しいことを始めると、大抵お父さんや親戚に反対されます。そんなもの、うまくいかないだろうと。周囲からも胡散臭く見られることが多いです。身内や地元に応援してもらうにはどうしたら良いか?
一番効果があったのは「NHKのニュースに出ること」でした。特に年配の方々にとって「NHKニュースに出た」は、絶大な信用効果があります。「息子さん、何か新しい野菜を作っているって、TVで見たよ。頑張ってるそうじゃないか」と言われたら、ご家族も悪い気はしません。
ヨロ研が活動を始めた年の秋、NHK「おはよう日本」の生中継取材が入り、ごく限られた地域内では一躍有名になりました。とはいえ、まだ生産量も少ないですから、いきなり売れるわけじゃありません。「若い農家たちが新しいことに挑戦している」といった、プレイヤーを応援したくなるような見せ方を心がけました。結果、ほとんどの生産者メンバーが、お父さん世代や地元の関係者に応援してもらえるようになり、次の段階に進みやすくなりました。
第2段階 プロ・業界関係者向けのメディア露出
3年目~5年目くらいになると、身内は大体応援してくれるようになるので、次の段階です。
生産能力が上がってくるので、販路開拓のためのメディア対策を心掛けました。具体的に言うと、ブランドの直接的な売り先となる卸売業や小売店のバイヤー、ユーザーである飲食店が興味を持つようなコンテンツを発信しました。
どんなモノを作っているのか、品質は高いか、安定供給できそうか、ストーリー性はあるか、など、プロの買い手目線で必要な情報が流れるように仕掛けていきました。結果、TVや大手新聞だけでなく、専門業界誌やwebメディアなどにも取り上げられるようになり、新規取引を希望される卸や小売、飲食店などからのお問い合わせが増えました。
第3段階 一般人向けのメディア露出
ここまできて、ようやく次に一般の方向けの見せ方です。狙うのはニュースではなくバラエティ番組やグルメ番組、生活情報番組など。一般の方に、ヨーロッパ野菜に興味を持ち、レストランに食べに行ったり野菜を買ってもらう行動を促します。具体的には、お料理の写真やレシピ、子供達との食育や給食の話など、珍しい野菜の説明から一歩踏み込んで、こうやって食べるんだ!と分かってもらえるような情報発信を心がけました。
結果、グルメ系バラエティ番組などでよく取り上げていただけるようになり、ネット通販や小売の売上が伸びていきました。
賞をとりまくる
無名の産地を、どうやって有名にしていくか。広告予算はゼロです。次に考えたのはいろんな「お墨付き」をもらうことでした。
きっかけは2016年、外食産業で功績のあった人や団体を表彰する「外食アワード」で特別賞を受賞したこと。これがきっかけで飲食店の方々にも「ヨロ研」の名前が浸透してきました。続いて、
- 平成28年度 地産地消優良活動表彰 農林水産省食料産業局長賞受賞
- イノベーションネットアワード2017 全国イノベーション推進機関会長賞受賞
- マイナビ農業アワード2019 優秀賞受賞
など、多くの賞をいただきました。また、2016年には農林水産省の「農業白書」2018年には経済産業省の「「小規模企業白書」にヨロ研の事例が掲載されたことで、公的な支援も受けやすくなりました。
料理コンテストを始める
2016年、さいたま市が新たに芸術祭を始めるということで、市長からヨロ研にも「何か関連した自主イベントを開催してほしい」という要望がありました。そこで以前から考えていた、地元の若手料理人を対象にした「さいたまヨーロッパ野菜料理コンテスト」を企画しました。ヨーロッパ野菜のレシピをもっと普及させたいという思いと、埼玉の若い料理人にもっとスポットライトが当たれば良いなという思いがありました。
キユーピーさんなど、いくつかの食品メーカーがスポンサーとなってくださり、初回からハイレベルな応募作が集まってビックリしました。コンテストはその後、一般部門や学校給食部門、児童部門などジャンルが広がり、地産地消の取り組みとして定着しました。
トップランナーを支援する
長くグループとしての活動を続けていると、特に生産者に温度差が出てきます。栽培規模を大きくしてスタッフも雇い、出荷量を増やしていく人。他にメインの野菜があって、ヨーロッパ野菜は趣味程度にちょこちょこやりたい人。新しいことに挑戦するときに、真っ先にトライする人と様子見する人。農家グループだと「全体の足並みを揃える」方向に行きがちです。
フクダは最初から「事務局として、トップランナーしか支援しません。様子見の人は後から勝手に付いてきて」と公言してきました。新しいことを始めるとき、一番ハイリスクで風当たりが強いのはトップランナーです。また、全員で足並みを揃えていたら、あっという間に他の産地に追い抜かされます。
ヨロ研のような新しい取り組みを始める場合、リスクに見合ったリターンを得られることと、意思決定のスピード感は重要です。
コロナ禍での大きな転換
色々ありつつも順調に成長を続けていた2020年、思いもしない事態が起きました。新型コロナウイルスの流行により、飲食店向けの出荷が大幅に落ちてしまいました。
念願のオープンだったヨロ研のアンテナショップ「ヨロ研カフェ」は開業後2週間で営業自粛、お取引先のレストランもほとんどが休業。それでも野菜は育ち続けます。北会長が「生産者応援弁当」として野菜付きのお弁当を販売してくださったり、テイクアウト中心の飲食店が店先で「マルシェ」の場所を提供してくださったり。生産者はお礼として野菜を特別価格で提供するなどして急場を凌ぎました。
コロナ禍によって特定の販路に頼るリスクが表面化したため、飲食店以外の販路にも力を入れていくことになりました。生産者は消費者直販用のサイトを開設し、ヨロ研カフェや地元スーパーなど、実店舗での小売も本格化しました。
以前からお取引の始まっていた学校給食に関しては、さいたま市教育委員会と連携協定を結び、学校農園でのヨーロッパ野菜栽培、食育などをお手伝いするかわりに、学校給食でヨーロッパ野菜を積極的に使っていただくことになりました。
ミッションとビジョンを作る
会の活動が多岐に渡るようになると、どうしても定例会は連絡・情報共有中心で討議の時間が取れなくなります。特に、コロナ禍では定例会や懇親会の参加率が下がり、コミュニケーションも難しくなりました。どうやってメンバーに参画意識を持ってもらい、さらに上を目指すのか。
そこで、研究会メンバーと、ヨロ研の「ビジョン(どこを目指すのか)」「ミッション(使命)」を話し合いました。もともとヨロ研には「ヨーロッパ野菜の地産地消を通して、郷土愛を醸成する」という理念があり、このように決まりました。
ミッション
豊かで持続可能な、新しい食文化を創りだす
ビジョン
- 20年後も続けられる地域食産業のスタイルを確立する
- さいたまヨーロッパ野菜を、全国に認知される地域ブランドに
- 子供たちが将来、郷土を誇れる食文化を作る
ミッションとビジョンは、その後ヨロ研として何かを決める際の、判断基準となりました。
研究会の現在
ヨロ研は2023年から、フクダの独立により完全民営化し、メンバーの会費で運営されています。メンバーが自律的に活動に関わるようになり、良い意味でフクダの仕事が減りました。
生産者の出荷額も、目標としていた1億円をほぼ達成。需要に供給が追い付いていない状態です。現在の大きな課題は、全国的な「ヨロ研」のブランド力を上げていくこと、気候変動による影響を減らし、増え続ける需要に対応していくことなどです。
一方で、全国でヨロ研のような地産地消グループが増えて、成長過程で同じような課題を抱えています。フクダはこれまでの悪戦苦闘で得たノウハウを生かして、全国の生産者グループのサポートを行っています。